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COLUMN

文・大島依提亜(おおしま・いであ)

これは、グラフィックデザイナー大島依提亜さんの映画のコラム。映画の周辺をなぞりながら、なんとなしに映画を語っていく、そんなコラムです。懐かしいものから、いま流行りのものまで、大島さんの目にとまった作品を取りあげます。第三回目は、映画がもつ新たな側面(というか見いだされるはずじゃなかった側面)についての話。ノーランはどう思うだろう?

episode.3 家電量販店のテレビ売り場で延々繰り返される映画の名シーン

まあ、こんなご時世だし、家で映画を見る環境をもう少し充実したものにしたいとテレビを買い換える人も多いのではないだろうか。

で、家電屋に行って、年を追うごとに巨大かつ薄っぺらになった、まるで『2001年宇宙の旅』のモノリスを横倒しにしたかのようなテレビが並ぶ中をぐるぐる彷徨っていると、テレビ機器を選ぶという本来の目的を忘れて、いつのまにかそのテレビで繰り返し流れる映画の“名シーン”に見入ってしまう、あの吸引力は何だろう。

何度も再生されるうちに目に焼き付いてしまった──いわば家電量販店によって刷り込まれた、自分にとっての“名シーン”の代表格は、クリスファー・ノーラン監督の『ダークナイト』の冒頭の銀行襲撃シーンである。

なぜかと言えば、単にこの作品が映像フロアのテレビで再生されまくっていた頃にテレビを買い換えるために足繁く通っていただけの話なのだが、とはいっても、テレビを買いに来た事を忘れるほど、訪れるたびになんだかんだといつの間にか見惚れてしまうのだ。

『ダークナイト』(2008)銀行襲撃シーン “4:03”

4分という時間は立ちっぱなしで見るには結構な時間(美術展の会場構成を計画する時に美術館の中に流す映像コンテンツは立って見る環境を考慮すると5分でも長いと言われる。せいぜい1分程度)であるにもかかわらず、何度繰り返しても最後まで見てしまう魅力があの冒頭のシーンにはあるのだろう。

総じてクリスファー・ノーランの映画は、こうした“家電量販店映え”するシーンに満ちている。

ノーランの作風は一見リアリティに根ざした知的でスタイリッシュなものであるものの、実は笑えるほど馬鹿げた荒唐無稽なアイデアが随所に盛り込まれている。たとえば、バスや大型トラック、果ては旅客機が建物に突っ込んだり、飛行機を飛行機で空中で吊り上げたり、乗り物好きの小学生かと思うほどの子どもじみたヴィジョンを実写で展開する。

それらの映像は、今であればCGで容易に再現できるところを、ノーランはあくまで実写にこだわる。

たぶんその本物らしさへのこだわりが、ニュース映像越しに見る本物のカタストロフィックな事故/事件性と重なり、極めてテレビ画面と親和性が高い映像表現になっているのだと思う。

最新作『テネット』に至っては、やはり劇場で、IMAXで、という声が多かったが、観ていて確かに大型スクリーンならではの映像の特権性を感じつつも、いたるところに家電量販店映えするシーンが満載で、家電屋で一日中繰り返し“再生”される『テネット』の名シーンを、その物語上の設定と相まって、面白く想像してしまう。

一方、家電屋でそのシーンを見たばかりに、それ以降そのシーンの印象が決定づけられてしまった映画もある。

『アメイジング・スパイダーマン』(2012)バスケットボール対決シーン “1:59”

マーク・ウェブ監督による『スパイダーマン』2000年代2度目のリブート作品で、主人公が善とは何かを少しづつ学んでいく過程と並行して、善良な人物が徐々に悪に染まる様が描かれていたりと、スパイダーマン特有の軽いタッチでありながら、結構重いテーマを持った佳作という印象だったのだが、家電屋で再生されていたシーンのあまりのチープさに愕然としてしまった。こんな映画だったっけ?

今のテレビはより鮮明でリアルな映像を追求してるためか、24コマ/秒の映画のフレームレートに対して60コマ/秒などの高いフレームレートに補完してしまう設定があり、そのままだと、ことごとく映画的な映像をチープな再現VTRめいた映像へと陥れてしまうのだけど、その当時は過渡期であったためか、結構このフレームレートの設定のまま映画を再生していた家電量販店は多かった。

その設定で再生された映画は、どんなに演出が優れていても、名匠によるカメラワークであったとしても、卓越した俳優の演技をもってしても、「世界まる見え!テレビ特捜部」の再現Vのような映像に成り下がってしまう印象しかなく、映画の根本を支える映像技術の重要性について今一度深く考えさせられた。

『アメイジング・スパイダーマン』のこのバスケ対決シーンも、いじめっ子とスパイダーマンとしての能力に目覚めたばかりの主人公が初めて対峙する場面だが、いじめっ子も映画全体を通してみれば、単純な勧善懲悪の存在として描かれているわけではなく、最終的には結構良いやつだったという展開があるのだけど、量販店でみるこのシーンは形骸化したお約束のドラマ設定にしか見えず、それ以降、通常のフレーム数で見直してももはやその印象は拭えなくなってしまった。(正直いうとこのシーンはもともとちょっとダサい)

映像機器がもたらす映画的記憶への影響は恐ろしい。

そういえば、自分だったらどんな映画を家電量販店のテレビで再生するだろう。

たとえば、ジャン=リュック・ゴダールの『楽しい知識』(1968)などは、全編、真っ黒な背景のスタジオセットで俳優二人による語らいと色とりどりの漫画や写真のみで構成された映画だから、テレビの色や黒みを確認するのに丁度良いのではないかとか、ありえない妄想が止まらないが、最もテレビ売り場をその映像で占領したいと思う作品は、ジョン・カーペンター監督の『ゼイリブ』である。

『ゼイリブ』(1988)プロレスシーン “5:23”

前記した『ダークナイト』では、4分のシーンの中に、強盗団の任務の遂行と仲間割れによって5人もの人間がバタバタと命を落としていく出来事をぎゅっと凝縮しているのに対して、『ゼイリブ』では、たっぷり5分半かけて、仕事の同僚に、ある特殊なサングラスをかけさせたいがためだけに、おじさん二人が延々プロレスまがいの喧嘩するという、映画史に残る困惑…じゃなくて名シーンがあるが、そんなところを日に何度も再生したら、さすがにお客さんも寄り付くまい(さきほどの60コマ/秒のさらに安っぽい映像で見てみたい気もするが)。

そこではなくて、この映画の白眉である、そのサングラスをつけると見える、すでに地球を侵略済の異星人の人類へのサブリミナルメッセージ、

とか

を家電量販店に並ぶおびただしいテレビに一斉に映し出してみたい。今のテレビはデカいから、中々の壮観なインスタレーションとなるだろう。

PROFILE

大島依提亜(おおしま・いであ)
グラフィックデザイナー・アートディレクター

栃木県出身、東京造形大学卒業。映画まわりのグラフィックを中心に、展覧会広報物や書籍などのデザインを生業としている。主な仕事に、映画は『パターソン』『ミッドサマー』『旅のおわり、世界のはじまり』、展覧会は「谷川俊太郎展」「ムーミン展」、書籍は「鳥たち/吉本ばなな」「小箱/小川洋子」がある。

INFORMATION

今月の4本

『ダークナイト』(2008)
監督:クリストファー・ノーラン
出演:クリスチャン・ベールほか              

『ダークナイト』(2008)
監督:クリストファー・ノーラン
出演:クリスチャン・ベールほか  

『アメイジング・スパイダーマン』(2012)
監督:マーク・ウェブ
出演:アンドリュー・ガーフィールド、エマ・ストーンほか   

『楽しい知識』
監督:ジャン=リュック・ゴダール
出演:ジャン=ピエール・レオ、ジュリエット・ベルト、アンヌ・ヴィアゼムスキー

『ゼイリブ』(1988)
監督:ジョン・カーペンター
出演:ロディ・パイパー、キース・デイヴィッド、メグ・フォスター

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